「あなたがたは地の塩、世の光です。」

  マタイによる福音書5章13節・14節 

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捜真の歴史と理念<1>

学院長 飯島節子 

  • 捜真の歴史
  • 二つの「真理を捜す」
  • 共に生きることを学ぶ
  • 児童と教職員
  • 射程距離の長い教育

再開当時の小学校

 

 

<歴史ー初等科の閉鎖と小学校再開>

 捜真は、今年創立125周年目を迎えております。当初から男女共学の初等科を持っておりましたが、明治32年に文部省から義務教育の段階で特定の宗教を教えてはいけないという法令がでました。捜真は教育の土台のキリスト教を抜きにしては存在価値がないと判断して、その時に初等科を閉鎖いたしました。 

 小学校を再開いたしましたのは、1957年(昭和32年)です。再開しました目的は、勉強だけの教育ではなく、心の豊かな人格形成をおこなう教育=トータルなバランスのとれた人格を育てる教育を行うためです。この心豊かな人格教育とは、最近重要視されています「心の教育」によるものです。捜真は創立以来、この「心の教育」を大切にしてまいりました。その基盤になってるのが聖書です。聖書はその全体を通して、人間を愛してやまない神様の愛について書かれています。ですから、私たちが目指しておりますのは、「神の愛にもとずいた愛の教育」です。

 

 

捜真の歴史と理念 <2>二つの「真理を捜す」

捜真、真理を捜す(truth−seeking)

 捜真という学校名は、1892年に定められ、118年間変わっておりません。100年を越えて校名を変えない学校は日本中でわずかしかありません。私たちはこの学校名に捜真の教育の総てが語られていることを誇りにしております。

 捜真、真理を捜す(truth−seeking)と言う意味ですが、この真理とは何でしょうか。

真理は大きく分けて二つあると思います。

学問的真理

 学問探究、学校であるのですからこの真理を捜すことはもちろんですし、他の学校でも当然この真理探究をされています。学校は学習の場ですから、沢山のことを組織的に学ぶ所です。子供たちは頭の柔らかいときであり、意欲的に知ることを求めるときであり、秘めた可能性が段々でてくるときでもあります。驚くような成長が見られ、楽しみなときです。人間のみが持っている向上心を磨いて、多くの知識を身につけられます。しかし、それは単なる知識の詰め込みではなく、探究心と自分で答えを考え見つける楽しみのある学習方法を身につけるところでなくてはなりません。 

 また、この知識(knowledge)に人生を生きる知恵(wisdom)が加わらなければなりません。知恵は人との関係の中での経験によって得られるものであり、「愛に裏打ちされて、本当に重要なことを見分けられる」力なのです。知識に知恵と愛と心とを加え、将来人の役に立つ大きな人になるよう学びの時を大切にしています。 

チャペルでの朝の礼拝へ

 

 

聖書の教える大切な真理

 創立以来私たちが大切にしている真理についてお話をさせて頂きます。この真理は、私たちの人生に本当の意味を与えるもの、あるいは、私たちの人生に光を当てるものです。言い換えれば、「私の生きている意味」、「自己存在の意義」を捜すことでもあります。どんな小さな子供でも自分が存在していることを認めてもらいたいものです。「認められているとき」、「愛されているとき」に、人は安定した心をもち、生きる喜びに満たされ、自己存在の意義を感じるのです。 

 捜真では、命も死も支配したもう全知全能の神、私たちに命をお与え下さる神がいらっしゃることを毎日の礼拝を通して教え導きます。そして、私たちはこの神に知られ、愛されている存在であると言うことを聖書を通して伝えております。神様から愛されていることを知ることは、他の人もまた同じように神様が愛していらっしゃる大切な存在であることに気がつかせ、「共に生きる」ことの意味を学んでいきます。神の愛は無条件に総ての人を受け入れてくださる愛です。命の源である神に愛されていることが、私たちの「存在の意義」、「存在理由」なのです。聖書に基づく捜真の教育は、この「神の愛」に基づいた「愛の教育」を心掛けている「愛の学校」です。

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